WHITE

でつ

愛とは

愛されているとじんわり感じる言葉について話そうと思う。

函館を出てくる時に、友達から手紙をもらった。昔からわたしは手紙が好きなわけだけど、その友達も手書きの手紙が(きっと)好きで、よくバースデーカードとか、小さい手紙をいくつか送ってくれていた。改めてもらったその手紙は6枚にも及んでいて、ある程度の重みと厚みがあった。そこには

 

「あなたはちょっと人たらしなところがあって、私はそこが特に好きです。」

 

と書いてあった。その言葉がなんかとっても嬉しくて、なんかとっても好きで、ずっと覚えている。そこから知り合った人には「人たらしなんて言われてたんですよ〜」なんて笑い話にしながら、自慢していた。その手紙を1年ぶりにさっき見返したら、その言葉には続きがあったのを見つけた。

 

「でもあなたがそうするのは本当に好きな人に対してだけで、私は自分がその中に含まれてるっていうのがちょっと自慢だったりします(※図々しいモード)。」

 

こんなこと書いてあっただろうか、つい数秒前までは“人たらし”のところが読みたくて見返したのだけど、その続きにそれ以上に重要なことが書いてあったのに気がつかなかった。“本当に好きな人に対してだけ”この部分がバレていたのは少し恥ずかしい。そして相手に、いやその子に伝わっていたのが妙に嬉しい。たくさん自分のことを知って欲しくて、たくさん相手のことを知りたくて、時間があってもあっても足りなかった(若いな)。あの時間は今までの、そしてこれからの長きに渡る人生の中で大事な大事な時間だった、ような気がする。そんなお話。

 

もうひとつ、わたしが愛を感じた言葉がある。それは高校の同級生と地元のフレンチレストランでランチを食べていた時なんだけど、いつもの通り高校時代に笑った話で笑い転げていて(フレンチレストランで)、「あー、やばい、今思い出してもうける」なんて涙を流しながら笑っていた(フレンチレストランで)。そんな流れで、不意にその子が笑い泣きしながら真っ直ぐ前を向き、

 

「いつまでも同じ話をして、いつまでも同じように笑おうね」

 

そう言った。その時は精一杯に「うん」と返したが、もうその言葉が嬉しくて嬉しくて、スキップして帰った(してない)。じんわり愛を感じるよ。そんなこと言われたら、いつまでもどこまでも同じ話をして、60歳になったときにしつこいわ、とか言われたって、嬉しくてまた笑い転げてやるんだから、なんて思った。そんなお話。